今回は、頚椎椎間板ヘルニアの中でも「予防法と過ごし方」について書いていきます。
頚椎ヘルニアは起きていても辛い、寝ていても辛い、とても苦労するケガの一つです。どんなケガや病気でも、今まで当たり前にできていた生活が困難になると、驚くほど精神的に大きなストレスがかかります。だからといって仕事や家事はもちろん、最低限度の身の回りのことは自分でしなければならず、安静にしていられないのが実情です。せっかく治まってきた症状の再発が怖くて、憂鬱な日々を送るケースもみられます。
しかしながら、頚椎椎間板ヘルニアは日常生活のうち、悪化するタイミングが概ね決まっていますので、どのような時に首の負担が増えるのか、そして、その対処法さえ知っていれば痛みやしびれの再発を予防できます。ここからは、早く治すために必要な生活習慣のポイント、さらには症状を悪化させない日常動作のコツと予防法をご紹介していきましょう。
寝ている姿勢からの起き上がり方
起き上がる動作は毎日行います。夜間の寝方がうまくいかなかった日の翌朝は非常に不快です。そんな朝にこそ試したい、楽な起き上がり方から書いていきます。
① まず、仰向けからヘルニア側を下にした横向きになります。
② 次に、肘で上体を支えた四つ這いになります。
③ そして、ベッドを使用している場合は、背すじから頭の角度を保ったまま足を床につけ、静かに上体を起こしましょう。
③’ 床に布団を敷いている場合は、就寝前に枕元に安定した台(イスなど)を準備しておきます。四つ這いの体勢から安定した台を支えに徐々に上体を起こして立ち上がります。
【NG】反動を使ったり、横向きのまま起き上がる動作をしてはいけません。
なお、普段から肩や背中に痛みが広がりやすい皆様は固い床で横になってはいけません。弱っている神経が体の重みと硬い床に挟まれると、症状が悪化します。
また、ヘルニア側の腕を伸ばしきって寝てはいけません。目覚めの際に肘から先が痺れる原因になります。就寝中に肘が自然と伸びないよう、枕などで腕の支えを準備して再発予防に取り組みましょう。
車の運転中に後ろを振り返る
これは、車を運転する際の「後方確認」がイメージしやすいです。
日常生活では、体ごと進行方向を変えれば何でもない振り返り動作も、シートベルトをして座っている運転シーンでは死活問題です。安全のためにも必ず目視で確認したいですし、運転後に症状が悪化して憂鬱になるのも避けたいですよね。
首の負担なく振り返るには「捻りたい側に重心が移動していると大きく捻れる」という法則を使います。この方法を多用している代表的なスポーツはゴルフで、特にドライバーショットではアイアンと比べて水平に近い軌道でスイングしますから、スムーズな回旋運動のために重心移動のイメージが再発予防にとって重要になります。
ただし、運転中は座った状態なのでゴルフのようなダイナミックな動きはできません。したがって、このような手順で振り返ります。【右に捻る場合】
① 捻りたい側のお尻で腰から上を支えます。
② 次に背すじを伸ばします。
③ “②”とほぼ同時に右手をハンドルから離し、右肩を大きく後ろに引きます。
④ 最後に軽く顎を引けば運転中でも無理なく後方確認ができます。
【NG】首の捻りだけで振り向いてはいけません。
左捻りの際はすべての動きを逆の手順で実施しますが、助手席に腕をかけて上半身の捻りをサポートすると首の負担を軽減できます。このテクニックを使用する際には、運転席に対して助手席の位置を後方に下げ過ぎないようにしましょう。
これらは一連の流れで行うことが大切です。無意識下でも①~④までスムーズに動くように停止中、エンジンを切った状態で何度か練習をしましょう。慣れない動作を運転中にすると大変危険です!
高い所に手を伸ばす
キッチンの上の棚に手を伸ばす、電球を交換するといった日常生活の動きがこれにあたります。意外と出くわすシーンなので再発予防のためにも知っておいて損はないでしょう。
① まずは、腕を上げる前に肘を大きく後ろへ引きましょう。
② 次に、顎を少し引きます。この時、上目遣いで手を伸ばす場所を見ます。
③ 最後に手を最短ルートで伸ばしましょう。
【NG】絶対にしてはいけないのは、腕をいきなり高く上げるという行為です。人間のカラダは万能ではなく、意識しなければ安全に動かせません。
パソコン仕事をする
パソコン仕事は、長時間同じ姿勢をする点で自動車の運転に匹敵するものがあります。タイピング自体は肘から下の動きですから、頚椎ヘルニアの悪化予防にとって大切になるのは「姿勢」と「イスの高さ」。どれだけ機能解剖学的に無駄のない形を作れるかが痛み・痺れの分かれ目です。
① イスへ浅めに腰かけましょう。深すぎると姿勢を保つのが難しく、浅すぎると足の筋肉が疲れます。
② この時、膝の角度が90°を超えてはいけません。これは、ももの裏側が硬い人で特に注意が必要で、時間の経過とともに首が痛くなってくる原因の一つです。
③ 若干、胸を前(パソコン側)に突き出すと簡単に背すじを伸ばせます。人間のカラダに備わる運動連鎖(☞美脚の作り方へ)を上手に使いましょう。
④ 少し顎を引いた際に「自然と目線が落ち着く位置=モニターの中央」となるようにします。中央ではなくパソコンの上、または下にズレていればイスの高さを調節して再び“①”へ戻ります。
パソコン仕事は、イスの高さを合わせずに目線だけで調節をして行っていると眼球を動かす筋肉が疲労し、それを補うために自然と姿勢が崩れて首の負担が増えます。必ず①~④の手順を繰り返し、最適なイスの高さに調節して痛みと痺れを予防しましょう。
写真のように自然な焦点がパソコンの上側にズレる場合はイスが高すぎる。目と首にとって最善なポジションを見付けたい。
床の物を拾う
靴ひもを結ぶような「かがむ姿勢」全般に共通するテクニックです。日常生活で多々ある不規則な姿勢は、普段よりも胴体に対して頭の位置を一定に保つのが難しく不快感が出やすいです。
拾い上げる場合の難易度は、「立位<座位」「前側<横側」という具合で上がっていきますので、急性期を過ぎて間もない時期や、重い症状を抱える皆様は面倒でも自身が得意な方法、そして自信を持ってできる姿勢でかがむのが最善の再発予防法です。
【立った姿勢から前側へ】
① 足を左右に開いて支持基底面(重心が移動できる面積)を広げます。女性の方は状況的に難しい場合があるので、その際は前後に開いても問題ありませんが比較的不安定です。
② 背すじを伸ばしたまま上体を前傾させます。運動経験がある方は「スクワット」のイメージで腰を落としていきましょう。
③ 膝を徐々に曲げつつ、手が目標物に届くところまで上体を前傾させます。重たいものを扱う場合は、「膝の屈曲>上体の前傾」のイメージで低くなると首だけでなく腰の負担増加も予防できます。
④ 戻る(上体を起こす)動作も背すじが曲がらないよう意識が必要です。股関節の曲げ角度で姿勢をコントロールできると大きく首の負担を軽減できます。
【座った姿勢から横側へ】
① 拾う側と逆の手を机に掛けて上体を安定させます。このようにすると、体の軸が傾いた時に背すじが曲がるのを予防できます。
② 次に、目標物を横目で捉えましょう。両目でしっかり見ると確実に首を捻ってしまいますのでNG行為です。
③ 目標を定めてから拾う瞬間までは、首をヘルニアが飛び出していない側に少しだけ傾けておきます。(感覚で3~5°程度)〖寝方編|頚椎ヘルニア〗でも紹介しましたが、椎間板ヘルニアは神経根を圧迫しないことが何よりも大切です。ちょっとした工夫で症状の悪化を予防できます。
かがむ動作は自動車の運転同様、テクニックの要素が大きいのでとっさにスムーズな動きができるよう、予め練習しておきましょう。
頚椎椎間板ヘルニアの再発についてですが、よっぽど大きなストレスが首に加わらない限り、椎間板(正確には髄核)が追加で飛び出しません。しかし、ちょっとした動作や姿勢の誤りで弱った神経を圧迫し、簡単に痛みや痺れなどを誘発します。
「椎間板ヘルニアさえならなければもっと快適に生活できたのに…」と感じる日も多いはずです。どの疾患、傷病であっても重症であればあるほど完璧に元の状態に戻るのが難しくなりますが、意識的に生活の幅を広げようとする過程はとても貴重なものですし、自身にとって一生モノの知識とテクニックを手に入れられます。個人差が大きい椎間板ヘルニアの再発予防に一番必要なのは、成功と失敗の経験値であることは言うまでもありません。
私も体のスペシャリストとして困っている皆様のお役に立てるよう、精進したいと思います。